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王子様のキルト

  • 作家桜木小鳥
  • イラストゆえこ
  • 販売日2019/03/08
  • 販売価格300円

大手化粧品会社に勤務する咲は、地味で真面目。上司から与えられた小さな部屋でひとり黙々と仕事に励んでいた。ある日、海外赴任から戻った『王子様』に社内は浮き足立つ。咲が普段通りひとり仕事に集中していると突然、噂の王子様・響が女子社員たちに追いかけられて避難するため部屋に飛び込んでくる。それから同じ部屋で仕事をするようになるふたり。手芸が好きで作っているキルトにも素直に感動する響に、思わず咲の胸は高鳴る。しかし、他の女子社員から嫉妬され平穏な日々が一転。響が部屋に来なくなってしまう。なのに嫌がらせはエスカレートして──自分だけに優しい笑顔を向けてくれる響。大事なものを譲れない気持ちに目覚めた咲は……

色とりどりの糸と様々な素材の生地。格子柄、花柄、ストライプ。
 金糸銀糸に刺繍糸。
 好きな色、好きな素材、好きな形。
 出来上がるものは自分だけのもの。
 自分のためのもの。
 そっと仕舞っておけば、誰に評価されるわけでも、誰に批判されるものでもない。
 それはわたしだけの宝物。


 メールの送信ボタンを押し、パソコンのキーボードから手を離して、ぐっと背中を伸ばす。ずっと前のめりで作業していたせいで、首から背中まで痛い。凝り固まった首を回し、腕を広げて肩甲骨のストレッチをした。
「いててて……」
 鈍い痛みについ声が出て、さらに大きくため息をついた。
 この環境で良かったと、首をさらにぐるぐると回しながら思った。
 大袈裟なストレッチをしても、声を出しても誰にも見られないし聞かれない。この部屋にはわたし一人きりだ。
 改めて部屋を見回す。六畳ほどの小さな部屋には事務机が二つ。パソコンが一台とプリンター一台。書類棚と自分で買った電気ポット。そして誰が持ち込んだのか不明の三人掛けのソファが窓際に置いてあり、ぎゅうぎゅうで手狭な感じはするけれど、居心地はすこぶる良い。
 こんな場所で仕事をしているのは、わたし紺野(こんの)咲(さき)、二十四歳。
 大手の化粧品会社に勤務して二年になる。化粧品会社に就職出来たとは言え、わたしの容姿はかなり地味な方だ。性格も真面目で、さらに大人しすぎるとも言われる。
 華やかな会社では一風変わったこの部屋は、去年上司から与えられた。
 わたしの仕事は化粧品を作るわけでも、上手な化粧方法を研究するものでもない。所属は情報システム課。社内のあらゆる情報を管理する部署だ。
 わたしの内向的な性格とタイピングの速さを早くに見抜いてくれた上司から、社内の資料やデータを専門に作る仕事を与えられたのは入社して割とすぐのこと。さらに機密文書や難しいデータを扱うことも増え、集中したいからとお願いをして、去年この部屋をもらった。
 仕事は上司を通してすべて社内メールでやり取りし、上司以外と顔を合わせることはほとんどない。けれどそれが寂しいとは思わない。
 黙々と集中して仕事をする方が好きだし、今の仕事もこの環境も自分に合っていると思う。
 パソコンの時計を見ると、ちょうどお昼休みだ。机の上を片付け、自分の鞄の中からお弁当を取り出す。一旦この部屋に入ってしまうと買い物に行くのも面倒なので、結果自分でお弁当を作っている。簡単なおかずばっかりだけど、節約にもなるし一石二鳥だ。
 静かな部屋で自分で作ったお弁当を食べ、電気ポットで沸かしたお湯でお茶を飲む。一息ついたところで、持ってきたトートバッグから、さらに袋を取り出した。
 机の上が汚れていないことを確認して中身を取り出すと、色とりどりの小さな布が散らばった。
 色や柄、生地の素材はばらばらだけど、パターン通りに切り取った布はだいたい五センチから八センチの四角形か三角形だ。
 これはパッチワークキルトの材料だ。
 小さな頃、わたしは不器用な子どもだった。自転車に乗るのも縄跳びを跳ぶのも、他の子に比べたら遅かった。その所為か性格の所為か、いじめられたわけでもないのに、友達ともうまく遊べなかった。
 なにもかも上手くいかず、毎日泣いて帰って来るわたしを救ってくれたのは、当時同居していた父方の祖母だった。
 祖母はわたしに手芸を教えてくれた。最初は簡単なフェルトのマスコット。それから手縫いの可愛い巾着袋。編み物や刺繍も教わった。
 自分の好きな糸と好きな素材で出来上がるのは、自分だけのもの。上手いとか下手とか関係なく、その時自分が満足できるもの。
 下手なりに少しずつ、でも確実に出来上がっていく様子がわかる手芸は、わたしに徐々に自信を与えてくれた。コツコツと進めていく作業がわたしにとても合っていたのだ。その頃から、黙々と作業することが得意になった。
 祖母から教わった手芸の中で、一番大好きなのはパッチワークキルトだ。小さな布を手縫いで縫い合わせ、さらにいくつかを組み合わせて無限の模様を作っていく。
 祖母と二人で作ったキルトのコースターは沢山あり、今でも実家に大切に仕舞ってある。
 そんな祖母も去年亡くなった。そして亡くなる間際、祖母がわたしに言った。
『咲ちゃん、家族のキルトを作ってみたら』と。

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