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恋のオーダー入ります~冷めない距離に君がいた~

  • 作家沢渡奈々子
  • イラスト夢志乃
  • 販売日2018/8/17
  • 販売価格500円

「いい方法、というのは、月曜日から金曜日まで毎日、昼休みにランチとコーヒーを私にデリバリーしてもらう、ということです」――カフェに勤めるさくらは自分のドジから、常連の会社社長・忍の大切な茶碗を割ってしまう。その冷えた美貌から「氷の君」と噂される忍。どんな厳しい要求をされるのかと怯えるさくらに、忍が提示した弁償の方法とは、彼の職場へのランチデリバリーだった。拍子抜けしたさくらだが、言われた通りにその日からランチを届け始める。日々接している内に忍がとても優しい男性であることが分かり、少しずつ惹かれていくさくら。ある日食事に誘われ二人で楽しいひとときを過ごした帰り、忍からキスをされてしまうが――

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「いらっしゃいませ。空いているお席へどうぞ」
 カランカランとベルが鳴るのと同時に振り返り、明るい声で出迎える。二人連れのOLさんが話をしながらお店へと入って来て、窓のそばの席に座った。
 水のグラスをトレーに乗せてテーブルへと行くと、常連の彼女たちはメニューも見ずに言う。
「あたしはカプチーノ」
「私、アイスコーヒー」
 私は会釈をしてからオーダー用紙に注文を書き入れると、カウンターへと向かった。
「マスター、カプチーノとアイスコーヒー入りました」
 カフェ・アプリコット──あんずをモチーフにしたエンブレムが控えめに主張する店舗は、白いしっくいの壁は眩しく、焦げ茶のインテリアは渋く、ところどころに置かれた観葉植物のテラコッタは温かみがあって、まぁなかなかにオシャレなお店だ。
 私、有島(ありしま)さくらは、一年前からこのアプリコットで働いている。
 桜浜(さくらはま)市のオフィス街にずいぶんと昔からあるこのお店は、実は父の弟の吾郎(ごろう)叔父さんが営んでいるのだ。
 私が短大を卒業して就職した会社は、二年半後に倒産の憂き目に遭ってしまった。必死で再就職先を探したものの、なかなか採用通知をもらえず……見るに見かねた叔父さんが、私を店員として雇い入れてくれたのだった。二十三歳の時だった。
「さくら、カプチーノとアイスコーヒー、おまちどおさま」
 叔父さんがカウンターの上に注文された飲み物を置く。それをトレーに乗せて彼女たちの元へと運んだ。
「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ」
 そう言った瞬間、目の前のOLさんがそわそわ……というより、水槽の中でエサを待つ金魚のようにいきいきとし始めた。
「【氷の君】キター!」
「おぉ、ラッキー」
 二人は窓の外に釘づけだ。どうやら外を通った誰かに目を奪われているみたい。それからすぐ──
「やだうそ! 入って来たよっ」
「やー、今日はいい日だ。美味しいお酒が飲めそう」
 ドアベルを鳴らして入って来たのは、長身で細身の男性だった。さっきと同じように席を勧めると、彼は表情筋を微塵も動かさずに、お店の奥の席へと座った。
「【氷の君】ってここの向かいのビルで働いてるんでしょ?」
「どうもIT企業の社長らしいよ?」
「若いのにすごーい」
 窓際の二人が小声でそんなことを話しているのを尻目に、私は彼女たち曰く【氷の君】に水を持って行く。
「──クラブハウスサンドとレギュラーをお願いします」
 メニューを元の位置に戻しながら、私を見上げる彼──怖いくらいにきれいな顔だ。でも無表情。
「クラブハウスサンドとレギュラーコーヒーですね、少々お待ちください」
 きびすを返してカウンターへ注文を告げる。チラリと彼を見ると、持参して来たらしい文庫本を開いている。ここでスマホを使ったりしないのがなんというか[らしい]なぁと思う。
 彼はここ二ヶ月くらい、週に二、三回ほどアプリコットに通ってくれている新規の常連さんだ。いつもこの終業後らしい時間帯に来ては、軽食とコーヒーを頼む。
 そんじょそこらでは見かけることの出来ない壮絶美形で、いわゆるクールビューティ。背は百八十センチを優に超えていてスラリとしている。髪は首筋にかかるほどの長さで、極めて黒に近い焦げ茶だ。年は……二十代後半から三十歳くらいかしら。
 切れ長の二重の瞳はうっとりするほど美しいし、鼻筋はまっすぐきれいに通っているし、くちびるも理想的な厚みだ。
 それこそ微笑みでもしたら、周囲にいる女性を軒並みメロメロに出来そうなのになぁ。けれど彼は笑うどころか、無表情以外の顔を一度たりとも見せたことがない。
 だから私は秘かに彼のことを【能面さん】と呼んでいた。だって能面だってきれいな顔をしているのに、表情が豊かじゃないし……。
 でも今、窓際OLさん──なんだか仕事が出来ない人たちみたいな呼び名だけど、ともかく女性二人が【氷の君】と呼んでいるのを聞いて、彼女たちのネーミングセンスに感心した。……いや、むしろ自分のセンスのなさに絶望した。
 これからは私も【氷の君】と呼ばせてもらおうっと。もちろん、心の中オンリーで。

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