夢中文庫

黒豹軍隊長は本能剥き出しな愛のケダモノ

  • 作家仙崎ひとみ
  • イラスト緋月アイナ
  • 販売日2019/9/4
  • 販売価格700円

金の髪と青い目を持つシェリルは病気の母と二人暮らし。ある日、その容姿から王家の姫の代わりに獣化人の住む隣国ラクド王国へ嫁ぐように命令される。母の治療を条件に身代わりを引き受けるシェリルだったが、道中何者か命を狙われる。その時助けてくれたのは、なんと黒豹!? でも、翌朝目覚めるとなぜか見知らぬ男性が隣に寝ていて……偶然通りかかった行商隊の隊長だと名乗るイライジャの好意でラクド王国に連れていってもらえることになったシェリルは徐々に彼に惹かれていく。彼への気持ちを自覚した時、身代わり結婚と母への思いの間で苦しむシェリル。そんな彼女にイライジャは愛を告げ、守ると言ってくれるのだが――

寒い。とてつもなく寒気がする。
 意識は朦朧とし、薄目越しに見える世界は、ぼんやりと霞んでいた。
 手足の関節が痛い。熱があるのかもしれない。
(お仕事行けないかも……どうしよう、お母さんの……お薬……買えなかったら……)
 喉が燃えるように熱い。ゾクゾクとした悪寒は全身を駆け巡るのに、脳の芯や咽頭は焼けつくくらい熱かった。
 水が欲しい。でも隣で寝ている母を起こしたくない。
 なんとか自力で起き上がろうと身を捩ったら、何かがシェリルの頬に触れてきた。
 冷たくて気持ちのいいそれは指だろうか。頬に張りついた髪をよけ、シェリルのこめかみあたりを、優しく撫でてくれる。
 母が起きているなら、少しくらいわがままを口にしていいのかもしれない。
「お水……欲しい……」
 掠れた声でそう訴えると、指の持ち主の気配が消えた。なぜかはわからないが、それだけでもっと寒気が増したような気がする。
 しばらくすると唇に冷たいものが当たった。たぶん水の入ったグラスだ。
 シェリルは水を飲もうと乾いた唇を開いたが、自分の意思通り動かない。だが水は欲しかった。
「み……ず……ほ……しい……の」
 すると唇に何か柔らかいものが触れ、そこから水が流し込まれてくる。
(美味しい……ああ、喉が潤う……)
 もっと欲しい。もっと飲みたい。喉が水を欲しいと訴えている。
 シェリルは水を求めて、薄く唇を開いた。すると再び柔らかいものが当たり、水が流し込まれてくる。
 もう少し意識が正常なら口移しで水を運ばれたのだとわかるだろうが、高熱に浮かされているシェリルは、そこまで考えが及ばなかった。
 欲していた水を与えられて、少し身体がラクになる。今度は冷たい手が額に当てられた。
「熱があるな……」
 低い声で誰かが呟いた。
(お母さんの声じゃない? ……ああ、そうよね。お母さんは今頃病院だもの……じゃあ……)
 今度は口の中に何か硬い粒のようなものを入れられてから、水を流し込まれた。ゴクンと喉を鳴らして、それごと飲み干す。
「よし。いい子だ。これで眠れるだろう」
 頭を撫でられ、シェリルは心がふわりと舞い上がってしまう。
 もしかしたらまだ見ぬ父が、夢を通じて会いにきてくれたのかもしれない。シェリルは嬉しくなって、もっとわがままを言いたくなった。
「一緒にくっついて寝たい。そばにいて……」
「え……」
 手の主は、明らかに狼狽えた声を出した。
「だって……寒い……」
 ぐずるようにそう言うと、手の主が身を横たわらせてくれたのか、ベッドがギシ……と鳴った。体温が欲しくて、すぐに身を寄せる。
(硬くて温かい身体……お父さんに間違いないわ。やっぱり死んでいなかったのね……)
 シェリルは、モゾモゾと身体を動かし、頼りがいのある逞しい身体に腕を伸ばした。
 ビクリと緊張が走るが、シェリルはかまわず横向きの姿勢で抱きしめる。
「お父さん……」
「お父さん? おれはまだ二十六歳だ。そんな年じゃないぞ」
 頭上で何やら返されるが、シェリルは気にせず弱々しい力で抱きしめる。
「寒い……寒い……もっと……もっと強く抱きしめて……」
 切実な口調で呟くと、相手はシェリルをしっかりと抱きしめてくれた。
「仕方ないな。特別だぞ」
 しばらくすると、腕の中の逞しい身体が形を変えた。
 筋肉質な身体はそのままだが、触感が明らかに変化した。柔らかくて暖かくて、モフモフとしている。
 まるで大型の猫や犬を抱きしめているようで、気持ちよさが倍増した。
 柔らかな質感のものがシェリルの肌に当たる。まるでビロードの絨毯にくるまれたみたいな心地よさだ。
「素敵……気持ちいい……」
 足を絡めてしっかりと抱き着くと、再び焦った声が落ちてきた。
「頼むから寝てくれ」
 熱に浮かされた頭のどこかで、腕の中の男が父ではないとわかっていた。しかし夢ならばどう呼んでもいいだろう。
「うん、お父さん……」
「……参ったな。そんなに老けてないと思うんだが」
 しばらくすると、シェリルは幸せな心地のまま寝てしまった。

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