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麻布新婚物語~わたしが名家へお嫁入り?~

  • 作家吉田行
  • イラスト一味ゆづる
  • 販売日2018/7/6
  • 販売価格700円

ずっと憧れていた母校の准教授、直里萩に会いたい──女子校育ちの伊関華苗は社会人となったが、先輩へのセクハラ発言に我慢できず上司に意見するも、守ったはずの先輩から『あなたのような温室育ちは疲れる』と言われ傷つき、広尾~麻布をさまよっていた。麻布にあるお屋敷に住まう萩に想いを馳せていると、本当に彼と再会を果たせた華苗。萩のお屋敷で慰められ、自分の想いを伝え、受け止めてもらえる。それからふたりは静かにお屋敷で深く愛し合う新婚生活。しかし、その場所を手放さなければならないかもしれない問題が発覚する。自分も愛し、彼も愛してきた歴史あるこのお屋敷を守りたい、そんな華苗はある提案をするのだが──

1 偶然の再会
 華やかな金曜日、それも広尾の夜なのに伊関(いせき)華苗(かなえ)は涙ぐみながら歩道を歩いていた。
 すれ違う人々がちらりと彼女を見る。
(恥ずかしい)
 そう思えば思うほど涙が止まらなかった。人通りの多い大通りを避けて華苗は細い道に入る。
 広尾から有栖川(ありすがわ)公園へはかなり急な坂になっている。華苗は坂を上りながらハンカチで涙を拭いた。
(ばかみたい、私)
 自分の浅はかさが情けなかった。子供みたいに涙が止まらないことも。
(こんなんじゃ、家に帰れないよ)
 まだ九時を過ぎたばかりで、このまま帰っても練馬の実家ではまだ母親が起きている頃だ。こんな顔を見せたくない。
(もう少し時間をつぶしてから帰ろう)
 どこかお店に──ふと周りを見渡すと、そこは豪華なマンションが立ち並ぶ住宅街だった。
(そうか、ここは麻布なんだ)
 ふらふらとさ迷い歩いているうちに麻布の奥に入り込んでしまったらしい。その地名は華苗にある人物を思い出させた。
(直里(なおさと)先生)
 華苗が大学生の時の准教授、講義を受けてどうしてもゼミに入りたくて、頑張っていい成績を取った。
 卒業論文も必死で書いて、褒めてもらった時は嬉しかった。
(直里萩(しゅう)先生)
 直里萩は華苗が去年卒業した名門女子大学の恩師だった。恩師と言ってもまだ若い、華苗とは十三歳しか違わない年齢だった。
 三十代の若さで准教授の地位にあり、講義も刺激的でいつも教室は満員だった。
 俳優のような美男子で、独身、さらに──。
「直里先生は麻布のお屋敷に住んでいるんだって」
「元は華族の出なんだって」
 大学で囁かれる直里萩の噂はまるでおとぎ話のようだった。大きな日本家屋に一人で住み、中は高価な美術品で飾られているという──。
(直里先生に会いたい)
 ゼミに入れたはいいが、彼は人気者で入ったばかりの四年生が気軽に話のできる雰囲気ではなかった。彼に心酔している研究員の女性たちがいつも取り囲んでいる。彼女たちは美貌と知性を兼ね備え、さらに実家が裕福なので賃金の安い研究員でも構わないらしい。
 華苗の実家は少し裕福なだけのサラリーマン家庭だ。卒業したらすぐ父親が定年を迎えるのでその前に稼げるようにならなければならない。華苗は卒業論文に取り組みながら就職活動に駆け回らければならなかった。
 それでも、たまにかけてくれる言葉はいつも優しく的確で、華苗は嬉しかった。
(今、先生に会いたい)
 こんな時どうすればいいのか、彼ならきっと教えてくれる。
 麻布にいれば、彼が自分を見つけてくれるだろうか。
(そんなこと、あるわけない)
 マンションや豪邸の間をひたすら歩き、いい加減疲れたところで不意に小さな公園が目の前に現れた。セレブな雰囲気の中でそこだけのんびりとした空気が漂っている。華苗はベンチにふらふらと腰を下ろした。
(もう社会人なんだから、自分で解決しなくちゃ)

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