夢中文庫

マリッジ・パンプス~独占したがり年下御曹司と、はずみで結婚してしまいました~

  • 作家幸村真桜
  • イラスト乃里やな
  • 販売日2018/8/3
  • 販売価格400円

シューズデザイナーの町田汐里は、同じ靴工房で働く若き靴職人・潤哉から甘い視線を送られる日々。それを汐里が冷静にあしらう様子が客の間で話題となり、このコンビは評判を呼んでいた。ある日、彼氏と別れたばかりの汐里は潤哉から仕事帰りにお酒の誘いをかけられる。傷心の汐里は気分転換になるかとその誘いに乗るも、飲みすすめるうちに反省と後悔が押し寄せ、ついつい飲み過ぎてしまった。気づけば夢か現実か分からないまま潤哉から甘く熱く求められ、身をまかせ翻弄されてしまう。翌朝、正気に戻った彼女は衝撃の事実を知り!? 濃密に潤哉から愛され続ける汐里だが、一方で彼のとある現実的な問題と向き合わなくてはならず──

第一章
 “その人が履いている靴は、その人の人格そのものを表すものである”
 これは、イタリアに伝わることわざである。
 “素敵な靴は、素敵な場所に連れて行ってくれて、幸せをもたらせてくれる”
 “新しい、いい靴を履くと、いい出会いが訪れる”
 探せばキリがないほどに、靴に関する言葉やジンクスは数多く存在する。
 お洒落なお気に入りの靴を履くと、なんだかワクワクした気持ちになり、素敵な一日が過ごせるような気がする。
 そんな靴の魅力に魅せられる人は少なくない。かくいう私も、靴に魅せられた人間の一人だ。
 きっかけは、幼い頃に両親が買ってくれた一足の靴。確か、親戚の結婚式があったからだったと思う。ピカピカのエナメル素材の、真っ赤な靴。私にはその靴がキラキラと輝いて見えて、なんだかとても特別なものに思えた。
 その靴を履いただけで、自分がお姫様になったような気がして、とても幸せな気持ちになったことをよく覚えている。
 思えばそれが、私の人生を決定づけた瞬間だった。
 そして、私は今も、大好きな靴と共に人生を歩んでいる。
 落ち着いたアンティーク調のインテリアに、ゆったりとした黒い革張りのソファ。穏やかなピアノの音と、香ばしいコーヒーの香り。
 向かいに座る、緊張した面持ちのかわいらしい雰囲気の女性に、安心させるように笑みを浮かべる。
「オーダーメイドの靴は初めてですか?」
「はい、初めてです。何か、おすすめのデザインはありますか?」
「そうですね。お客様のように若い方には、一足目はセミオーダーの黒のベーシックなプレーンパンプスをおすすめしています。せっかくオーダーメイドを頼むのにもったいないような気がすると思いますが、冠婚葬祭にも仕事にも使えますし、かなり重宝するんですよ。私も、オーダーメイドの最初の一足は黒のプレーンパンプスにしました。もう十年ほど前になりますが、今も現役ですよ」
 パンフレットを示しながらにこやかな営業スマイルを向けると、女性は感心したように何度か頷いた。
 こう言われることなどきっと分かっていただろう。それでも私は、決まった台詞を笑顔で口にする。
「セミオーダーなので、フルオーダーよりは価格も抑えられます。それでも、ヒールの太さや高さ、甲と踵の深さにはこだわりますので、特別な一足になりますよ。甲の部分の深さが一センチ違うだけでも、かなり印象が変わるんです」
「デザイナーさんがそう言うなら、それでお願いしようかな。それにしても、噂通りです。町田(まちだ)さんて、すごくお綺麗ですね」
 お褒めいただいて光栄です。メイクもネイルもかなり頑張っていますから。ここ最近は特に、ね。毎朝、髪のセットとメイクにどれだけ時間がかかるか……。
 だけどまあ、そう言ってもらえるなら頑張っている甲斐があるというものよ。
「ありがとうございます。これから根本(ねもと)様の大切な一足をお作りする職人も挨拶に来ますので、その間に細かい部分を決めていきましょう」
 営業スマイルを保ったまま、皮やヒールの素材などのサンプルをテーブルの上に並べていく。
 ここは、オーダーメイド靴の専門店『コンパーニョ』。イタリア語で“相棒”を意味するこの店で、私、町田汐里(しおり)はシューズデザイナーとして働き始めて七年になる。
 幼い頃から靴が好きだった私は、成長すると共に更に靴の魅力にのめり込み、美術大学を卒業後、今の会社に就職した。
 コンパーニョは、従業員数二十名足らずの小さな会社だが、一定数の固定客がおり、なかなか業績も良好なようだ。ここ一年ほどは、今、私が担当しているお客様……根本様のような若い女性客も増えてきた。
 それには、とある理由があるのだが……。

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